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北京暮らしの毎日を思いつくまま。
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江戸もの、大相撲
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5度目の中国赴任となりました。最初の赴任から20年以上経ち、北京の大きな変化を実感しています。
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美珍香のバーベキューポーク

中国で働いている外国人は中国の社会保険に入らないといけなくなったとかで、社会保険用の写真を撮りに行きました。日本から証明写真を大量に持ってきたのですがそれではダメだそうで、社保用写真は、背景は白、耳と眉毛を出す、顔の大きさは…などと細かい条件がいっぱい。近所の写真屋さんで撮影してもらいました。…最近の証明写真っていろいろ修整してくれるんですね。シミ、クマ、シワなどは一発で消えるし、来ている服の色もちょっと濃くするなんてことも簡単。なんだかとっても平面な写真に仕上がりました。それにしても、ほんまに将来に中国で社会保障してくれるんやろうね。

写真屋さんの帰り、何やら美味しそうな匂いが…。干し肉屋さんです。子供のころ、台湾に住んでいたのですが、お菓子などがあまりない中、大好きなおやつの一つでした。…昔は、これと、瓜子(スイカの種)とサトウキビをよく齧ってました。日本にはいずれもなく、とっても懐かしい。


ちょっとベタベタするけど、甘辛くておいしいのです。ちょっとあぶると更に美味!ビールのアテにぴったりです。
この干し肉は台湾のおやつだと思っていたのですが、美珍香はシンガポールのお店なんですね。
台湾はこれ以外にも、肉松というふわふわのでんぶも美味しい。台湾系のパン屋さんには肉松をトッピングした菓子パンが売られています。美味しいものがたくさんあるって、幸せ!

お店の場所も覚えちゃったし、しょっちゅう通うことになりそう…。

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モンゴル式朝ごはん

ダラト旗のホテルの朝食ビュッフェにモンゴル式朝食がありました。

大きな甕に入ったモンゴル式ミルクティー奶茶をお椀に入れて、ヒエやら奶皮と言われる牛乳を作るときにできる膜を乾かしたものやら、カリントウみたいなのやらを入れます。
 


奶茶は甘くなく、薄い塩味で、とっても濃厚。温かくて、このお椀のせいかもしれませんが、味噌汁と言うか、粕汁っぽい感じです。この菱形の白いのが奶皮で、栄養満点だとか。ミルクティーに入れるとふやけてきて、一層ボリュームが増します。一杯飲んだだけでモリモリ力が出てくる。…いっちょ、相撲でも…って気になるんだろうなぁ。

 
奶茶と一緒に並んでいたのが、酸奶。ヨーグルトです。これは砂糖を入れていただきます。そう言えば昨日の宴会にも料理の一品としてヨーグルトが出ていました。これは結構すっぱい!濃厚で新鮮な感じがします。

乳製品は内モンゴルの特産ですが、内モンゴル自治区でもモンゴル族は10%程度だとか。90%は漢民族なんですね。少数民族のモンゴル族は自分たちの文化を継承するため、モンゴル文字が必修だそうです。以前、モンゴル共和国に行ったことがあるのですが、あちらはロシア文字が使われていてモンゴル文字を使う人は少ないと言っていました。モンゴル文字は日本語と同じ、縦書きです。日本も横書きが多くなりましたが、新聞や本は縦書きですよね。中国は新聞も本も横書きで、書画で縦書きを見るくらいかなぁ。

あと内モンゴルの特産は羊肉。うちの社員たちが何やら買い込んでいるので見せてもらうと、羊肉のかたまりでした。北京よりはずいぶん安くで美味しい羊肉が手に入るらしいです。林野局の人曰く、純草(ちゃんとした飼料用の草のことかなぁ)より雑草を食べている羊の肉の方が美味しいらしいです。西蒙の羊肉がいいんだとか…。東来順は西蒙の羊ですって。でも、羊があちこちの草を食べるとより砂漠化が進むので、どこでも放牧していいわけではないそうです。そう言えば、植樹場所に行くまで荒涼とした土地をまっすぐに延々と進むのですが、それほど羊は見かけませんでした。…人はもっと見かけなかったけど。

あとはカシミア。日本の三菱商事と思いっきり契約している…と運ちゃんが言ってました。

大相撲の蒼国来は中国人力士ですが、内モンゴル出身のモンゴル族。顔立ちはモンゴル族っぽい頬高ではないので、漢民族にも見えるのですが、本名はモンゴル名でとっても長いのです。八百長問題で大相撲協会を解雇されながらも、粘って裁判で勝ち、再び力士に返り咲きしたという波乱万丈の人。つい応援にも力が入ります。

今回はあまりに短い滞在だったので、次はもう少しゆっくりしたいなぁ。

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内モンゴルで植樹

うちの会社では年間10万本を植樹するという環境保護活動を数年前からやっています。年間10万本と言うのは結構きつい数字で、枯れちゃったり、南にある工場は周囲が緑でボゥボゥで植樹する場所を探すのも大変…ってことで、内モンゴルのオルドス市の林野局と契約し、ダラト旗の砂漠の近くに年間10万本を植樹することにしました。

ってことで、ボランティア活動に参加する全国の社員や日頃お付き合いのある団体、ネットで募集したボランティア参加者と一緒に、ダラト旗へ植樹に行ってきました。


包頭から車で一時間ほど行ったところにダラト旗があります。旗と言うのは、村っていう意味ですね。中国では県というのですが、ここでは旗と言うそうです。途中、黄河を渡ります。…黄河って内モンゴルも通っていたのね。地理がよく分からん。水がほとんどないのですが、昨年は白鳥がいっぱいいたそうです。今年はタイミングがちょっと遅く白鳥はどこかへ飛んで行ってしまったみたい。


こちらがダラト旗の中心…だと思う。こんなところでもビルがにょきにょき建っています。オルドスとかダラトとか、モンゴルっぽいロマンチックな響きの地名が素敵です。朝青竜はドルジだったよね。大阪場所の時に、ドルジという名前のケーキが売られてました。ダラトと言うのはモンゴル語で宮殿と言う意味だとか。ここから更に高速で1時間半行った砂漠の近くで植樹です。


林野局の人たちも参加しての式典の後、植樹開始です。これは去年植えた木。頭の部分の濃い緑のところが1年間で大きくなった部分、1年経ってもまだ小さい。…何年経ったら緑いっぱいになるのかしら。


これが今年植えた木。総勢100人がかりで約500本。あらかじめ林野局の人が穴を開けていてくれていた場所をスコップでさらに掘り、木を置いて、砂を掛けます。足で踏み固めた上に、バケツで運んできた水をあげて出来上がり。ここらの土地は全部砂地でかなり深く掘らないとしっかりと植えられません。普段スコップなど使ったことがないので、結構大変…!途中で内モンゴルテレビの取材を受けたのですが、モゴモゴしてうまく話せなかった…。中国語、勉強しないと。


最後に林野局の人が給水車で水をこんなになるくらい上げてました。こうしないと根付かないそうです。この比較的大きな木は記念樹で、私も1本植えさせてもらいました。

帰り道、林野局の人たちが私たちに代わって植えてくれた砂柳を見に砂漠へ行きました。

この地面から突き出ているのが砂柳。地下に60-70cm植わっているそうで、こんな風に砂に突き刺しただけでも、根付いたら細い枝が地上にたくさん出てくるそうです。こんな風に枯れてもまた生えてくるし、途中で切ったらもっとよく生えてくるし、枯れた枝も燃料やら〇〇やらになるそうで…。林野局の人が一生懸命説明してくれるのだけれど、訛っていて聞き取れません…。

 
クタクタになってホテルに帰ると夕食宴会です。こちらの”貢”は、響砂というこれまたロマンチックな名前が頭についているダラト旗産の白酒です。内モンゴルでは乾杯は白酒のみ…とかで、第一テーブルの私は林野局の人からかなり乾杯攻めにあいました。白酒は手元に徳利を置き、小さなグラスで都度乾杯するのですが、数回乾杯したら、その後は徳利で乾杯になりました。徳利を飲み干すなんて…。38度と軽めだったのでなんとか…。その夜は熟睡です。

宴会ではボランティアで参加してくれた人たちも、壇上であいさつしてくれました。実はうちのような日系企業が中国でこういう活動をするのは自己満足っぽくてどうかな…とも思っていたのですが、ネット応募で参加してくれた一般の人からの、うちの社員自らがこういう地道な活動をしていることを知って、親近感を感じたし、また自分も一緒に参加できてよかったと言う感想を聞いて、とてもうれしかったです。

かなり酔っぱらっていたのですが、最後に”来年また会いましょう!”と挨拶させていただきました。来年まで枯れないでいてくれたらいいけど…。

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庶民の味、開封灌小龍包子に舌鼓!

昔の記憶をたどって地下鉄で張自忠路駅へ。東四十条街をさらに南へ行くと、第一楼の看板の店にたどり着きます。

天下第一楼は老舎の有名な演劇の演目です。ここの第一楼の看板を見るたびにあの話劇を思い出します。店の構えは立派なのですが、中身は庶民のお店。お昼時は家族連れで満席です。

店内はすごく広く見えるのですが、実は向こうの壁一面が鏡になっていて、ぜんぶこちら側が映っているだけなのね。なんでこんな風にしているのかは不明。2階席もあります。
昔は国営だったのかなぁ、店員の態度は至って上目線。席を探してキョロキョロしていると、店員のボスっぽいおばちゃんが顎でそこへ座れと合図する。…。注文したビールを運んできたと思ったら、全然別の方向を見ながら”51”と言う。?…。私が栓抜きでビールを開けてくれと言うと、また”51”と返す。 ?…っ!!お金を払ってことね。100元出したら、ビールを開けてくれました。服務員は我慢ならないほど無愛想ですが、庶民の味は美味しいのよね!!

ただの皮蛋ですが、黒酢と生姜の塩梅がとってもよろしい。冷えたビールにとっても合うのです。
 
出ました!!小龍包と言うには無骨なやつら。皮は水餃子みたく分厚くでしっかりとしていて、パクリと食べると、じゅわっとスープが出てきて、…美味しい!12個をペロリと食べてしまいます。

以前もよく二胡のレッスンの帰りに食べに来ていました。今はメニューもすごく立派になっていますが、みんながよく食べているのは、小龍包とお豆の入ったお粥。確かすっごく昔は前門にお店を出していたのだと思うんだけど、いつの間にかここ東四十にお店が移っていました。いずれも北京の下町。下町の味って美味しいなぁ。

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宝島眼鏡で老眼鏡!

東京にいる時にオサート治療を開始しました。オサート治療というのは、レスリングの吉田選手もやっている寝ている間に凹型のコンタクトレンズを装着することで近視を治す治療法で、私も吉田選手と同じ病院に通い始めたところでした。…極端な近視に乱視の私は、すでに30年以上ハードコンタクトのお世話になっていたのですが、ハードコンタクトも長期間装用し続けるといろいろ眼がくたびれてきているとかで、いろんな眼科からコンタクトの装用を止めるよう勧められていました。

北京でも引き続きオサート治療を続けています。(レンズ調整のために時々は日本に行かないといけませんが…。)オサートをしていると確かに視力は回復するのですが、体調やコンタクトの入り具合により、日々の視力はかなり変動があります。もともとが度近眼過ぎて、オサートレンズをしても裸眼で見えるレベルにはならないので、普段はソフトコンタクトをするのですが、見えたり見えなかったりです。特に北京に来てからは、なぜかパソコンの画面が見ずらく、これは日本で調整したソフトコンタクトが合っていないせいかと思い、宝島眼鏡に行きました。
ここは台湾系の眼鏡屋さん。ソフトコンタクトを外してしばらく目を休めてから、日本でも受けたことのないようないろいろなテストを受け、視力を計ります。…そう言えば、台湾の人って、香港人もそうだけど、ほとんどメガネだものね。結局、ソフトコンタクトの度数はあっていたのですが、とどのつまり、老眼ってことだったみたい…。齢を取るのって辛いわぁ。パソコンが見える距離での老眼鏡を作ってもらいました。

レンズはともかく、フレームはピンキリ。なぜかどこかにピカピカキラキラのワンポイントが入っているのよね。キラキラのないのをお願いすると、お値段が一気に上がります。まぁまぁのフレームと普通のレンズを選んで、なんと7000元!老眼鏡って百均で売っているので安いもんだと思い込んでました。

確かに高いけれど、宝島の丁寧な接客で安心です。眼鏡は1週間で出来上がりました。…それでも、時々パソコンの画面が見えにくい時があるのよね…。

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